日本臨床発達心理士会滋賀支部

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合掌のこころ ―その2―
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    辻  敬

    (真宗木辺派本山錦織寺 参務・式務部長/真宗木辺派 善明寺 副住職

    臨床発達心理士)

     

     合掌は、古くから行われてきた、インドの礼儀作法の一つで、敬意を込めた挨拶の一種です。それが仏教にとり入れられ、仏への帰依の心をあらわすものとして、お参りするときの作法となりました。
     右手を仏(悟り)の世界、左手を私たち(迷い)の世界とされます。ですから、合掌は、両手を合わすことで、仏への帰依を示したり、仏と一つになり、心豊かで安心が得られということにもなります。
     合掌のもつ意味は、日常の挨拶や礼拝の作法のほか、感謝の「ありがとう」、お願いや依頼の「よろしくお願いします」、お詫びの「ごめんなさい」の意味もあります。人に向かって丁寧に合掌すると、「尊敬の念」を表します。食前食後の「いただきます」「ごちそうさま」は、食材になった生き物に対する感謝の気持ちです。
     手を合わせる姿には、こうした気持ちが込められているので、美しい姿なのだと思います。

     

     薬師寺執事の大谷てつじよう徹奘師の「幸せの条件〜『寄り添い合い』と幸せの関係〜」というコラム*に、これと同じようなことが書いてありました。東日本大震災の被災地訪問をくりかえしされていて、その中で感じられたことがまとめられています。 それは、「寄り添い合い」ということが、幸せを感じることの重要な要因であり、「寄り添い合える人・ものがある人は幸せである」「寄り添い合える人・ものの数と幸せ感は比例する」ということだそうです。『寄り添い合い』の対象は、伴侶や親兄弟、友だち…等。人だけでなく、趣味や生きがい・夢といったことも入るでしょう。


     「寄り添う」を辞書的に言うと「そば近く寄る、相手の側に立って支えるようにする」です。ポイントは「合い」ですね。「互いに」ということですから、自分が「寄り添っている」と思っていても、相手は「寄りかかられている」と感じているなら『寄り添い合い』にはなりませんよね。人を相手にする、教師と子どもたち、心理士(相談員)とクライエントも、まさにその通りですね。
    コラムでは、いろいろある「寄り添い合い」の中でも、「合掌」こそが「理想の姿」だとしています。合掌した手を離してみると、それぞれが自立している。合掌は、「左右が自立しながらも寄り添い合っている」わけで、これこそ理想の姿だということです。確かに、どちらかに傾いた合掌は決して美しく見えないですよね。


     自分が寄り添い合っていると思う人(こと)を思い浮かべてみませんか。思い浮かべてみて、どうですか?。合掌の形は…、まっすぐですか、傾いていませんか?。もし傾いているかなと思ったら、是非早いうちに関係の改善を図ってください。
    *仏教情報センターの広報誌「仏教ライフ(120号)」

     

    ps.法話的なまとめ…
     では、「右手が仏様で…、左手が自分で…」と考えるとどうでしょう?。
    「仏様」は、「必ず救うぞ」と誓ってくださっていますから、しっかりと思いを寄せて下さっています。でも、まだまだ未熟な私の場合は…、きっと左に傾いているのではないかなと思います。きれいな形の合掌になるように、しっかり信心をいただきたいものです。

    | 会員エッセイ | 14:27 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
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